プロローグ





二台のエアカーが町中を疾走していく。
スピードは時速150qを越えているだろう。
あまりの勢いと巻き起こるつむじ風に、歩行者全員の視線が集まる。
しかしその時には視界の中に何も見出すことはできない。
数秒後、サイレンを鳴らしながら通り抜けるパトカーを見て、歩行者達は何か事件が発生したことを知るのだった。

「追跡中の強盗犯は現在1024通りを西に向けて逃走中、追跡を続行する。
ジム、もっとスピード出せ!」
追いかける側のエアカーの中で男が叫ぶ。
黄色系の肌を持つ声の主は、短く刈り込んだ頭をガシガシと掻きながら苛立ちをあらわにしていた。
「このままじゃ逃げられっちまう!!」
男は前方の赤いエアカーを睨み付けながら、握りこぶしで自分の膝を強く叩きつける。
「うるさい、ロウ。黙れ。
それから、人を指差すな」
対照的にジムと呼ばれた男――白色系の肌に金髪碧眼。服装もTシャツ、スタジャン、ジーンズのロウに対して三つ揃いのスーツで決めている――は冷静だった。
と言うよりは、町中で100qオーバーのカーチェイスをやる以上は冷静にならざるを得ないのか。
とにかくジムは助手席で興奮するロウにわき目もくれず運転に集中している。
2台のエアカーは地上5メートル程の高さで高速走行をしていた。
これならば交差点に突っ込んだ時に、何にも邪魔されずに通り抜けることが出来る。
事実、これまでに通り抜けた交差点の内2個所で前を横切るトラックの荷台の上を走り抜けた。
しかしこれは非常に危険なことでもあった。
本来エアカーは地上30センチ前後の高さを走るようにできている。
対して今は飛行しているのと同じである。翼や垂直安定板があるわけでもなく、ましてやこの高さはエンジンパワーからして目一杯の高度である。前方のエアカーもそれは同じであろう。
つまり、この余裕の無い状態で一回強風が吹けば確実にバランスを失い、地面に叩き付けられる。
この高さにこのスピードである。
間違いなく死ぬ。
ドライバーには細心の注意が要求される場面であった。
「まずいぞ、もうすぐハイウェイだ。検問は間に合ってるのか?」
二台のエアカーは市街地から郊外に抜けつつあった。
「まずいな」
ジムの呟きをロウは聞き逃さなかった。
「何が?」
「こう周りに何もない所だとこの車じゃ逃げられる。パワーが足りない」
「にゃにおう!?」
ジムの言う通りであった。
ここに来るまでの二台は直線で差をつけられ、コーナーや障害回避で差を詰めると言うパターンだった。
明らかに馬力が違う。
にもかかわらず、ここまで追いつけないまでも着いてこれたのは、ジムの署内一の運転技術のおかげであった。
実際、他のパトカーとは差が開く一方である。
そんな事は言われなくてもロウも分かっている。
しかしこうなると、癪でしょうがない。
「そんな情けないこと言ってないで、何とかしろ」
「お前が後ろから押して加速してくれるか?
それと、指差すな!」
二人がそんなやり取りをしている間にも、じりじりと差は開き始めている。
そんな時、車内に電子音が響いた。
無線機のスピーカーから明るい口調の声が語り掛けてくる。
「よう、待たせたな。ようやく追いついたぜ」
声の主に覚えのあるロウはフロントガラスに顔を押し付け空を見上げた。
上空を4機編隊のジェットヘリが通過していく。
市警のヘリコプター隊である。
ロウがマイクを手にがなりたてる。
「デニス、今ごろ何しに来やがった」
「二人ともご苦労さん。こっから先は俺たちに任せな」
「てめっ、美味しいとこ持ってく気か」
「おいおい難癖つけるなよ。おまえ達引き離されてるじゃないか」
ズバリ!
真実である。
「こっ!」
こんのやろーてめーいますぐうちおとしてやるしょうぶだおりてこーい
とマイク越しに叫ぶ同僚に苦笑しながら、デニスは僚機に指示を出す。
「このままあいつの頭を押さえる。抜かるなよ」
それに対する了解の返事と共に、編隊は高度を落とした。
3機がエアカーの前と両脇を押え、デニスの機体が後方のやや高い所に位置した。
「さーてと」
デニスが外部スピーカーのスイッチを入れる。
『エアカーの搭乗者、さっさと停車しろ。6門の機銃が狙ってるんだ。逃げられないぞ』
確かに、ヘリの両脇に取り付けられた機銃がエアカーに銃口を向けていた。
逃げられないと観念したのか、エアカーは速度を落とし始め、停止した。
「よーし、全機フォーメーションそのままで上空待機。
搭乗者聞こえるか。武器を捨ててさっさと降りてこい。少しでも妙なそぶりを見せたら撃つからそのつもりで」
「本当は俺があれを言うはずだったのに」
少し離れた場所に停まったエアカーの中でロウはブツブツと不満を漏らしていた。
「子供みたいなこと言ってないで、サッサと片づけて帰るぞ」
そんなロウを横目にジムは犯人を押えに外に出る。
ロウもしぶしぶと言った感じで後に続く。
「お下がりもらうみたいで何か嫌じゃないかよ」
それがロウの感想だった。

「ロウの奴また拗ねてやがる」
操縦席から下を眺めていたデニスはその様子に苦笑していた。
黒人の彼が笑みを浮かべると、対照的に白い歯が浮かび上がって見える。
「あれじゃメグミも大変なわけだ」
ロウの彼女の顔を思い浮かべてもう一度苦笑していると、エアカーから人が降りるのが目に入った。
「おっと、ようやく出てきやがった」
犯人は二人。
両方とも麻のスーツに身を包みサングラスで表情を隠している。
そして片手にやや大き目のアタッシュケースを持っている所も同じだった。
「その手に持っている物を地面において、後ろに下がってから車に両手を着くんだ。ゆっくりとな」
二人組はジムに言われた通りの動きをした。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「あいつら、やっと追いついたか。少しは良いとこ見せられるかな」
少し機嫌を良くしてお気楽になったロウ。
一方、ジムの脳裏には何か引っかかる物があった。
――あのケースの中身は何だ?
情報では二人組みが盗んだのは情報登録前の電子カードである。それが入っているのか?
「ようし、そのまま大人しくしてろよ」
銃を構えながらも無造作に近づいていくロウにジムが声をかける。
「気をつけろ。何かあるかも知れんぞ」
「何があ――
瞬間、アタッシュケースが跳ねるように開いた。
中から金属製のモノが顔を出す。
ポン
間抜けな音と共に斜め上方に放り出されたソレは放物線を描いて地面に触れる寸前、後部から炎の尾を引きながら自らの力で飛び始めた。
それは超小型のミサイルだった。
間を置かず、次弾が自動小銃のカートリッジのように発射台に装填され打ち出される。
その動作が各々五回、時間にして1秒に満たない間に行われた。
「!」
二人が我に返った時、周囲は火の海だった。
追いついてきていたパトカーが被弾し、更にそれに追突する形でほとんどが大破炎上している。
「てめーこのー」
頭に血の登ったロウがレイガンを構えながら犯人に駆け寄ろうとした時、
「ロウ、危ない」
犯人達とロウの間に炎上するヘリが墜落した。
爆風に吹き飛ばされるロウ。
「貴様ら」
声を荒らげて銃を構えたジムの目に映ったのは、車内から取り出した筒状の物を腰溜めに構える男の姿だった。
――まずい。
とっさに伏せたジムの頭上を数発の弾丸が通り過ぎた。
パン
乾いた音を立てて、その弾丸は弾けた。
多弾頭グレネード
数百の高性能炸薬の固まりが、かろうじて難を逃れたパトカーと警官の頭上に降り注ぐ。
余りの数の多さに繋がって聞こえる爆発音。
その大きさに悲鳴すらも聞こえない。
阿鼻叫喚
正にそんな言葉そのものの眺めであった。
ジムが視線を戻したのは、犯人のエアカーが地面から浮き上がった時だった。
「ちっ」
慌ててトリガーを引くジム。
周囲の熱気で空気が揺らぐためか狙いが定まらない。
かろうじて数発がエアカーに命中し、内一発はリアガラスを打ち抜いた。
瞬間、僅かにエアカーがふらつく。
――犯人に当たったのか?
しかし、今のジムには追いかけてそれを確かめる術は何も無かった。




Diamonds




第壱話 Bad City








「ごめんなさい、この間の事件で忙しいんでしょう?」
「気にするなよ、俺たちの仲じゃないか」
助手席の声にジムが笑って応えた。
「それに、あそこはパトロールの途中なんだ、メグミがそんなに気にする必要はないさ」
「ありがとう」
そう言ってメグミは微笑んだ。
肩まであるストレートの黒髪が朝の光を受けて藍く輝く。
――今まで何度も見てきた笑顔だけどな。
始めてみた時は少女の面影を残していた。明るく、周りを元気にさせる笑顔だった。
今、その笑顔は落ち着きと共に、他人を優しい気持ちにさせるものへと変わりつつあった。
――時は流れる、か
ジムがそんな事を考えている内に、目的の場所が見えてくる。
ペパシティ警察病院
ロウを含め、あの場所で負傷した警察関係者は全てここに収容されていた。
ハイウェイの惨劇から4日。
ロウは軽傷だったものの、吹き飛ばされた時に頭を打った事もあり検査の為に入院している。
ジムはパトロールの途中で、毎日見舞いに行くメグミを拾い病院へ送る役目を買って出ていた。
駐車場に車を置き、二人肩をならべて歩き出す。
「今日は何を持ってきたんだい?」
メグミの手元に目を向けながらジムが訊ねる。
「チキンサンド。鶏肉が食べたいんだって」
病院の食事はまずい少ないと不満を漏らすロウの為に、メグミが何かしら差し入れを持ってくるのも毎日の事となっていた。
――昨日は折り詰め弁当、おとといはちらし寿司、その前は夜中に抜け出してスタンドのホットドッグを食べたと言ってたし……。
「まだまだ育つな、あいつ」
「ほんと、子供なのよね」
ジムの一言にメグミの笑いがこぼれる。
そんな他愛の無いやり取りをしながら二人が病室に着いた時、
「よ、二人とも遅かったな」
私腹姿のロウが元気な声をかけた。
「?」
「待ってたぜ、腹減ってしょうがなかったんだ」
メグミから紙袋を受け取り、早速頬張り出すロウに声をかけるジム。
「そんな事より、お前「何でそんな格好してるの?」
台詞の後を引き継ぐメグミ。
「もう検査もあらかた終わったからな。そろそろ退院しようと思って」
――あらかた終わった?
――退院しようと思う?
「だめよ、ロウ。ちゃんと先生の許可をもらってから退院して」
「心配すんなよ。許可ならちゃんともらってあるさ。
な?」
そう言ってロウが話を振ったのは、隣のベッドで寝ているモーガンだった。
あの時、彼の機体はローターにミサイルの直撃を受けた。
高速で横回転する機体の中で死を覚悟したと、本人も後に語っている。
それでも彼は必死に体勢を立て直す努力をした。
彼が今ここに寝ているのは、神がその努力に報いたからであろう。
たとえそれが全身7個所の骨折で全治4ヶ月の重傷だとしても、他のパイロットは誰も助からなかったのだから……。
もっとも、この部屋で毎日繰り返されるロウとメグミのじゃれあいのおかげで、そんな事をしんみり考える気にもなれないモーガンではあったが。
――神よ、何故あなたはこの重傷者にもっと静かなベッドを御与えにならなかったのですか?
それが彼の偽らざる現在の心境であった。
「本当なの、モーガン?」
「ああ」
首から上だけ向きを変えて問いかけに答えるモーガン。
「さっき回診に来たドクターに許可をもらってたな」
医者が納得してるとは思えなかったがとは言えないモーガンだった。
「判っただろ?俺も丸3日間寝っぱなしで体がなまっちまったからな。早速、現場復帰するわ」
「ちょっと待って、せめて2、3日家で休んでからでも良いじゃない」
そんなメグミの言葉を意に介さないロウ。
「モーガン、これやるよ。上手いぜ」
チキンサンドの入った紙袋を放り投げ病室を後にする。
「今度の件が一段落したら美味いもの食いに行こう。良い店を見つけたんだ。
今晩電話するからな」
「そうじゃないでしょ、ごまかされないわよ。
待ちなさい、ロウ!!」
場所を忘れて大声を挙げるメグミ。
両の拳をきつく握り締めているその姿を見たジムは
「大丈夫、俺が着いてる。無茶はさせないさ」
そう言ってメグミの肩を軽く叩くと、ロウの後を追って病室の外へ姿を消した。
「……馬鹿」
小声で呟くメグミにモーガンが声をかける。
「これ、一人じゃ食べられないんだけどな」
モーガンがギプスで固められた両手を挙げてみせた。

モーガンは結局チキンサンドの味が良く分からなかった。
2時間にわたるメグミの愚痴を聞かされながら
――神よ、……
さっきと同じ問いかけを繰り返すのだった。





「あれ、先輩もう退院したんですか?」
署に戻ったロウを出迎えたのは、まるで裏返ったような素っ頓狂な声だった。
ジムと同じようにスーツで身を固めたその男は、主人を見つけた飼犬のように嬉々としてロウに近づいて行く。
「何だよ、シンイチ。たった3日で10年ぶりみたいな騒ぎ方しやがって」
シンイチはへへっと子供のような笑顔を浮かべた。
東洋系でも特に童顔のせいで就職活動中の学生のように見えなくも無いが、これでも着任3年目のれっきとした刑事である。
「もう体は大丈夫なんですか?」
「まかせろ。今すぐにでもこの間の奴等を叩きのめしに行ってやるぜ!」
そう言って笑うロウの背後から声が掛かる。
「ロウ、おかえり。ずいぶん早いじゃない」
声のした方に振り替えるロウ。
その動きは何故かぎこちない。
「よう、リサ。ただ今」
「ただ今じゃないわよ」
リサと呼ばれた女性は、腰まである長いポニーテイルをなびかせながらツカツカと大股でロウに詰め寄ると、キスをできそうなくらいの距離で顔を覗き込む。
「色んな検査で退院まで時間が掛かるって聞いてたけど、勝手に出てきたんじゃないでしょうね?」
「まさか、そんな事無いって」
リサの迫力に思わず上半身を仰け反らすロウ。
モデル並みに整った顔立ちのリサの怒り顔は、そこら辺のチンピラヤクザよりも凄みがある。
「なら良いけど、メグを泣かすような事だけはするんじゃないわよ」
フンと鼻を鳴らし踵を返す。
リサとメグミの付き合いはもう5年になる。
最初の出会いは、刑事になったばかりのロウが入院していた病院に見舞いに来た二人が鉢合わせした事から始まった。
その後色々ある内にすっかり打ち解けた二人は、今では実の姉妹より親しい間柄となり、ロウ抜きで会う事も珍しくない。
そんな二人の間では、最近ロウが無茶をする度にメグミの泣きが入るらしく、リサは自然とロウのお目付け役をやるようになっていた。
そんなリサはロウ曰く
――お袋より口うるさい。
そうである。
――まじぃな、メグミの口を止めとかないと……。
そんな事を考えているロウに再び背後から声が掛かる。
「はは、復帰早々から災難だな」
「おやっさん、ただ今帰りました!」
ロウが破顔一笑で応えた相手は、さえない風体の中年男っだった。
やや角張った顔に細い目、白髪交じりの黒髪はボサボサで、スーツもそれに合わせたようにくたびれている。身長は181センチあるロウより10センチ以上低い。
マーカス ―― 現場一筋30年、筋金入りの叩き上げのこの男は、課長を含めた課員全員から一目置かれ、また慕われる父親のような存在だった。
「もう良いのか?」
「良いとか悪いとか行ってる場合じゃないですよ。
少しでも早くあいつらを見つけて、この間の借りを返さないと――」
リサが自分を見ているのに気付き、慌てて口を閉ざすロウ。
「まあ、いきなり無茶はするなよ」
マーカスが苦笑しながらロウの肩をポンと叩くと、顎でクイッと自分の後ろにある部屋を指す。
「サッサと挨拶してきな」
ガラス越しに見える部屋の中には、一人の男が座っていた






「課長、ただ今戻りました。心配かけてすいませんでした」
その挨拶を無視するかのように、部屋の主――グラントはロウの顔を黙って見つめていた。
やや丸みを帯びた輪郭に口髭をたくわえ、普段なら愛敬すら感じるその顔も今は堅いままだ。
「先刻、病院から電話があった。随分無理を言って出てきたらしいな」
低く静かな声でそう呟く。
「あんな事の後ですからね、寝てられませんよ」
「その心意気は大変結構だが、病み上がりに無理をさせる訳にもいかん。
しばらくはパトロールの手伝いにまわってくれ」
「?」
一瞬、訳が判らんと言った顔をするロウ。
「ちょっと待って下さいよ、この間の事件はどうするんですか?
あいつらを少しでも早く捕まえないといけないんじゃないんですか?」
「この間の事件のせいで31名の警官が死んだ。負傷者も加えれば50名近くのリタイアだ。今の我々には、捜査に人手を割くゆとりは無い」
「ふざけろ、31人殺した奴等を野放しにしとくのかよ!」
興奮するロウにつられて、グラントのテンションも高まって行く。
「誰もそんな事は言っとらん!
いいか、あの事件の後市内での犯罪が一気に増加した。パトロール網がズタズタになったせいだ。確かに我々の仕事は犯罪者を検挙する事にある。しかし、市民が安全に過ごせる状態を維持する事も、もう一つの重要な任務である事を忘れるな!!」
「そんな事は百も承知だよ!だけどなぁ、俺は目の前で仲間を殺されたんだよ。
セルジは俺と同期の気の良いやつだった。ティムはこの間彼女にプロポーズしたばかりだって言ってたよ。フランコは病気のおふくろさんを抱えて頑張ってたし、ヘンドリックはこの前生まれたばかりの子供の写真をいつも胸にしまってた。
みんな俺の大事な仲間だったんだ。それを…………あいつらだけは許せねぇ!!」
「そういう人たちをこれ以上増やさない為にもパトロールは必要なんだ。勝手は許さん!!」
「この石頭、こんなに言っても判んねぇのかよ。
そんな無駄な頭はいらねぇ。叩き割ってやる!」
「ほざけ、青二才のクソガキが。てめぇみてぇなバカ野郎が警察にいるから、いつまでたっても犯罪を無くす事ができんのだ。たった今、俺の手でここから叩き出してやる!!!」
正に殴り合いが始まろうとした瞬間、騒ぎを聞きつけたシンイチが慌てて二人の間に割って入る。
「止めて下さいよ、二人ともこんな事してる場合じゃないでしょう。
ジム先輩も止めて下さいよ。ロウ先輩落ち着いて!」
必死にロウを止めようとするシンイチだが、あまりのパワーの違いの為に押さえつける事ができない。
ジムはジムで、馬鹿にはやらせとけと言わんばかりに腕組みをしながら壁にもたれ掛って傍観を決め込んでいる。
――だれかー、止めてくれー
泣きたい気分でシンイチがそう思った時、
パーン!
乾いた音が署内に木霊した。
よろめくロウの頬が赤く腫れ上がっている。
「帰ってきた早々何やってんの、子供じゃあるまいし?
目が覚めたらサッサとパトロールに行く!」
「何し――
背後から伸びた腕が、リサに噛み付こうとしたロウの首に絡み付く。
「なっ、おい、放せ」
気管を閉められ咳き込むロウにお構いなく、ジムが引きずるように彼を外へ連れ出して行く。
やがてロウの声が聞こえなくなったのを確認したシンイチは、肩を落としながら大きく深い溜め息を吐いた。
――よかった、本当に良かった。
その目は涙で薄っすらと潤んでいた。





To be continude



1998/05/27
Written By T−2000



あとがき