承 前





オフィスでの騒ぎの後、二人は市内のパトロールに出かけていた。
パトロールとは言っても、その主眼がいきり立つロウをなだめる事に置かれている為、エアカーは本来と別のルートを走っている。
今は市の西側に位置する海岸線に沿った道を、ゆっくりと流しながら走っていた。
今はまだ泳ぐには早い時期ではあるが、数キロにわたるビーチや歩道には、思い思いに時間を過ごす人々の姿が見受けられる。
気ぜわしく時間の過ぎていく市の中心部地とは正反対な、静かな時の流れがここにはあった。
「……何 黙ってるんだ」
ジムが静かに訊ねた。
「別に……」
ロウはそれだけ応えると、エアカーの窓の外、背後に流れていく景色を黙って眺めている。
――こいつ。
署を出てからずっと崩さないその姿に、内心苦笑いするジム。
「拗ねてる訳じゃねぇぞ」
ジムの内心を見透かしたようにボソリとロウが呟く。
一見がさつに見られがちなロウだが、時たまこうした切れを見せて他人をハッとさせる事がある。
そして、ジムにしてみれば互いの付き合いの長さを感じる瞬間でもある。
――こいつ。
先刻とは違った意味で苦笑いするジム。
なだめる様にわざと楽天的な口調で話し掛ける。
「後2日もすれば近隣の所轄から応援が来る。そうすればあいつらを追いかける事も出来るさ」
その言葉にムッとするロウ。
「そんな悠長な事を言ってたら、やつら他の星に逃げちまうぜ。
お前までそんな事言うとは思わなかったよ。冷たいね、お前には人の心ってモノが……」
言いかけた途中で口をつぐむ。
………………
車内に漂う不自然な沈黙を払拭したのは、ジムの軽く笑いながらの一言だった。
「気にするな。慣れてる」
「悪かったな」
居直りなのか謝罪なのか、曖昧な言葉を口にするロウ。
視線は相変わらず外の景色を追いかけている。
そのままの状態で数分が過ぎた後、再びロウが口を開く。
「平和……だよな」
「?」
突然の言葉に意味を把握できなかったジムだが、ロウの視線を追い掛けて「ああ」と納得する。
「もうすぐ式典だからな」
ロウが眺めていたのは一見して観光客と判る集団であった。
各々のTシャツの胸や背中に、ある者は堅く、ある者はジョークの利いたフレーズが書かれている。
そのどれもが戦争反対や平和を訴える内容であった。
――もう5年か
様々な想いがジムの胸中を駆け抜ける。
二人の惑星国家ウィンヒルとカサリアがレアメタルを豊富に含んだ小惑星帯(アステロイドベルト)の領有権を争った10年に及ぶ戦争。
二人も18歳からの2年間をそれぞれの戦場で過ごしている。
その戦争が惑星国家連盟による調停で終結してから5年。
そして開戦からちょうど10年に当たる今年は、様々な催しがウィンヒルの各地で取り行なわれていた。
二人のいるペパシティでも市主催の大規模な式典が数日後に迫っている為、惑星各所からの観光客で市の人口が一時的に倍加する事が見込まれていた。
「俺だってさ、判ってるよ。さっきのがオヤジ(課長)の本音じゃない事くらい……」
相変わらず外を見たまま、静かな口調のロウ。
「だけどな……」
三度の沈黙。
「で、どうするんだ?」
再び静かに問い掛けるジム。
その表情は、駄々をこねる子供に苦笑する父親のそれに限りなく近い。
「何を?」
「これだけ犯人逮捕に燃えてるんだ、当ての一つも無いのか?
ベッドの中で頭まで鈍ったのか?」
「そう言うお前は?
何だかんだ言っても、どうせ情報集めぐらいしてるんだろう」
ようやく視線をジムに向け、ニヤリと笑うロウ。
ジムは肩をすくめながら、
「未だに犯人達の行方は見当もつかん。それらしき人物がこの星を出た形跡も無いしな。
盗まれたICカードもまだマーケットには出回っていない。時間を置いて処分するのか、他の星に持ち出すのか……。
逃走に使ったエアカーも見つからんし、できたのは車体の破片採取くらいだ」
「DNAチェックは?」
今ではバイオテクノロジーの発達から、生体素材が日常の隅々まで入り込んでいる。
おかげで今回の様な事件に使われた車両を特定する作業などは、警察に登録してある車両独自のDNA情報を検索して即座に行える。
「半年前に盗難に遭った車両だった。
恐らくブラックマーケットから流れた物だろう」
「武器は?」
この男なら間違いなく調べ終えているだろうと思いながら訊ねるロウ。
しかし、ジムの返答はそんな期待の半分も満たす事が出来なかった。
「他と同じだな。今の所、出所は皆目見当もつかない。判ったのは、使われた二つともが最近軍に採用されたばかりの新式って事だけだ」
「そいつは、ブラスからの情報も込みか?」
ブラスとは二人に共通の黒人の情報屋である。
ロウが一言、ああと答える。
「結局、無い無い尽くしかよ」
打つ手ねぇなと嘆きながら、シートを倒して天井を眺めるロウ。
――しばらくは相手の出方を待つしかないか
むくれっ面のロウを横目にジムが考えを巡らそうとした時、無線の呼び出し音が車内に響いた。
「――こちら14号車」
どことなく投げやりな口調で応対するロウ。
緩慢な動きに、やる気の無さが滲み出ている。
それを意に介さない事務的な声がスピーカーから流れる。
「管制室より巡回中の各車両へ。市北東部の住宅地にて銃声があったとの通報が入りました。各車両は至急現場に急行して下さい」
通信が終わるより早く、ジムの指がコンソールの上で踊る。
目的地のデーターがナビゲーションシステムに送り込まれると同時に、パネルの一点が"AUTO"と点灯し、エアカーは急発進した。
「痛ぇー」
体を起こそうとして中途半端な体勢だったロウは、発進のショックで後ろに倒れ込み、後頭部をしたたかに打ちつけていた。
頭をさすりながら改めて体を起こすと、行先を確認する為にモニターを覗き込む。
「!」
一瞬にして硬くなった表情がジムの横顔を睨む。
「おい、ここは――」
「ああ……」
応じるジムの表情も同様に硬く険しい。
エアカーは北へとその進路を取っていた。




D i a m o n d s









車内のやり取りから少し前。
ラスタシティの郊外。
その高台にある一軒の屋敷の前にその男は現れた。
もうすぐ夏を迎えようかと言うこの時期に、全身をコートで包み、立てた襟で表情を隠した姿はあからさまに怪しい雰囲気を漂わせている。
当然屋敷のガード達がそれを見逃すはずもなく、数人の男達が門前の客を取り囲む。
「どちらの方かは存じませぬが、こちらにどの様な御用でしょうか?」
一人の男が一歩進み出て問いを発する。
言葉使いは丁寧だが、その静かな口調に込められた迫力は有無を言わさぬものがある。
にもかかわらず微動だにしない男。
木々の間から響く虫の音が男の沈黙を一層引き立たせる。
「おい、何を黙って……」
先程とは別のガードが近づこうとした時、男の裏拳がちょうどカウンターになる形でその顔面に入った。
悲鳴も上げずに4、5メートルも弾け飛んだガードの四肢が、激しい痙攣を起こす。
数秒してその痙攣が収まった時、男の周りに立っているものは一人としていなかった。
ある者は首が異様に曲がり、ある者は吐血し、ある者は……。
足元に横たわるガード達に目もくれず、男は沈黙のまま歩き始めた。

「正門の奴等がやられたぞ」
「至急現場に応援をよこしてあの男を押さえろ」
「会長達の非難を急げ!」
慌ただしい警備室のモニターには、門に歩み寄る男の姿が映し出されていた。






「後どれくらいだ!?」
坂道を登るエアカーの中でロウが喚く。
近道の為に獣道同然の裏道を走っているエアカーは、何かに捕まっていないと天井に頭をぶつけそうな程揺れていた。
「もうすぐ見える。黙ってないと舌噛むぞ」
坂道を登りきったエアカーが軽くジャンプし、眼前の視界が大きく開ける。
坂を下った先に広がる林の中には、中世ヨーロッパの建築様式を模した大きな屋敷が建っていた。
「あれか?」
目標を確認したロウが独り言とも取れる口調でがなる。
「いったいどこの馬鹿野郎だ、あの屋敷に乗り込むなんてのは!?」
件(くだん)の屋敷の主であるグレン・マイヤーはペパシティはおろか、ウィンヒルでも指折りの資産家であり、名士である。
このウィンヒルは入植開始から未だ100年足らずの新しい星である。
その未成熟な社会において短期間で成功を収めた人物は決して少なくはないが、その中でもグレン氏の立志伝は群を抜いて目立つものだった。
どの世においても、新天地に活路を見出す者には訳ありの場合が多い。
グレン氏の場合も同様、彼の父親が地球にいた時前科者だっただの、母親がその日の食い扶持を稼ぐ為に街角に立っていた等の噂が、まことしやかに囁かれている。
実際、地球にいた子供の頃に貧しい暮らしを経験し、それがウィンヒルに来てからも変わらなかったと言う点は本人も認める事実である。
その彼が、小惑星帯の鉱山夫等によって稼いだ資金を元に会社を設立してから三十余年。
彼が経営する企業は11社に及び、その内の4社が州の10指に数えられる大企業に成長していた。
今では、この星でその存在を知らぬものはいないと言われるほどになった彼の発言力は絶大なものがあり、表立った動きこそ無いものの、市や州議会での決定事項が彼の意向で覆された事は一度や二度ではないと言う。
そのグレン氏の屋敷が襲われている。
彼ぐらいのVIPの屋敷ともなれば、それなりの警備を準備している事は子供にも想像が付く。
にもかかわらず屋敷は襲撃され、その騒ぎが一般に知れ渡るまでに収拾する事ができなかった……。
「随分やばそうじゃないか」
呟くロウの目がスゥっと細くなった。

屋敷に近づくと、ジムは正門の前を避け、やや離れた壁際にエアカーを横付けした。
周りに他の車両は見当たらない。
どうやら一番乗りのようだ。
中腰で車内から飛び出した二人の耳に、小さな銃声が届く。
――まだ犯人は中にいる。
それは同時に、グレン氏が無事である事も意味していた。
ロウがそのままの体勢で門の両脇に走り寄る。
屋敷の門扉は異様な形に変形していた。
厚さが20ミリ以上もあろうかと言うその鉄板は、中央の門扉の合わせ目から敷地内に向かって捲(めく)れていた。
大きさから言っても丁度大人の男が一人通り抜けられる程度のサイズである。
初めは何か爆発の力によるものかと思ったが、そうでない事は門扉の表面を見てすぐに判った。
むしろ、力ずくで押し込まれたような感じである。
――何だ、こりゃあ……?。
思考を巡らすロウの脇に、門前で倒れている男達の様子を見に行っていたジムがやってくる。
「どうだった?」
その問いにかぶりを振って応えるジム。
「地面に足跡が残っていないから人数の特定はできないが、人の倒れ方から見て、侵入者は2〜3人の少人数だろう。
やられてた奴等は全員がホルスターに銃を収めたまま、一撃で致命傷を負わされていたよ。」
とんでもない内容を事も無げに語るジムに、"通り道"を視線で示しつつロウが尋ねる。
「どう思う?」
「判らん。が、この中で起きている事は尋常じゃないって事だ」
「同感……」
二人がそんな事を言いながらうなずいた時、一台のエアカーが二人のすぐ側で急停車する。
「すみません、遅れました」
「中はどんな感じ?」
中から出てきたのはシンイチとリサだった。
「こんな感じ」
中の様子を窺っていたロウが、顎の動きで変形した門扉を指し示す。
「何これ、人間業じゃないわね。中で暴れてるの何?」
冗談口調とは裏腹に険しい表情のリサ。
「みんな聞いてくれ」
それとは別に、ジムが冷静な顔で口を開く。
「二手に分かれよう。ロウとシンイチは正面から、俺とリサは裏手から回る」
ジムの言葉に全員が無言で頷く。
「相手の人数、装備がまったく判らない。くれぐれも無茶はするな」
再び無言の首肯(しゅこう)を行った後、二組のペアは各々に動き始めた。






屋敷の中は惨劇の様相を呈していた。
扉半分の無くなっている玄関をくぐって直ぐのホールではシャンデリアが床で砕け、両脇に設けられている二階への階段は片方が中間部分で完全に崩れ落ちている。
壁も至る所が銃弾でボロボロになり、一部では反対側の部屋の様子が見て取れる。
「まるで市街戦の後だな」
ロウはそう呟くと近くに倒れている人間の息を調べ始めた。
青い顔で立ち尽くしていたシンイチも、それを見て慌てて従う。
耳元で声を掛ける。首筋に手を当て脈を取り、鼻先に手を翳し呼吸を確かめる……。
生存者はいなかった。
この場でざっと見た限りではあるが、倒れている人間全員に細かい傷は見当たらなかった。
つまり、表に倒れていた連中と同様、ほぼ一撃で倒されたと言う事である。
―― 一体何もんだ?軍の格闘技の教官でもこんなのムリだぜ。
「行くぞ、シンイチ」
「あ、待って下さいよ。先輩」
死体の側から離れ、屋敷の奥へと進むロウに慌てて従うシンイチ。
「先輩、一体どんな奴なんですかね。犯人は?」
潜めた声で話し掛けるシンイチにロウは内心顔をしかめた。
シンイチはこの屋敷に入ってから、明らかにビビっていた。
目線はさまよいがちで、いつもに比べて口数も多い。
無理も無い。職務上接し慣れているとは言え、一度にあれだけの死体を目の当たりにしたのは初めての事だろう。
世代的に言っても、シンイチは戦場に赴く事が無かった世代である。
ロウのように戦争を経験していれば、まだ平常心を保っていられるのかも知れないが……。
とは言え、いつ出くわすか判らない犯人がそんな事情を汲んでくれる訳もない。
未知の、そして桁外れの戦闘力をもつ相手を前にして、シンイチを庇いながら戦う余裕があるのかと考えると、ロウは気が重くなるのを感じた。
――ジムのやつ、ミスキャストだぜ。
その時、屋敷の奥から数発の銃声が響いた。
「!」
瞬時に反応して駆け出すロウに、ワンテンポ遅れてシンイチが続く。
銃声は渡り廊下を越えた別館から聞こえてきていた。
別館に入った所で足を止め、今一度音の出所を確認するロウ。
どうやら2階から響いてくる事を確認すると同時に、再び走り出す。
シンイチはこの時点で完全に置き去りにされていた。
断続的に繰り返される銃声を辿って階段を駆け登り、2階のホールに至ったロウの足が一瞬止まる。
更に上階に上がる階段が完全に破壊されていた。
一瞬の躊躇の後、右手の廊下を奥に進むロウ。
数メートル進んだ、手前から4番目の右手――その部屋から銃声は聞こえていた。
走りから歩みへとスピードを緩め、ドアの脇に辿り着いた時――
ドアが弾けた。
正確には、室内からドアに叩き付けられたボディガードがドアごと弾け飛んだのだが、一瞬の出来事に、ロウにはそうとしか見えなかった。
弾け飛んだボディガードは向かい部屋のドアも突き破り、下半身を廊下側に残した海老反りの姿勢で痙攣を起こしていた。
そしてドアの無くなった室内からは必至の叫び声が響く。
「頼む、この子だけは助けてくれ。何でも言う事を聞く。お願いだ!!」
壁際に追いつめられている初老の男性に、返り血で真紅に染まったコートの男が近づこうとした時、
「動くな、警察だ!!」
レイガンを構え部屋に飛び込んできたロウに、男がゆっくりと向き直る。
ロウは、自分を見詰める男の瞳が、一瞬妖しく光ったように見えた。





To be continued



1998/09/14
Written By T−2000



あとがき