……ごめんね

精一杯のその一言は、
雨音の中にかすれて、消えた……。


雨の日に


「じゃ、また明日ね」
放課後の帰り道、私はそう言ってクラスメートの美佐と別れた。
季節は梅雨。
ちょうど今も、空一面を灰色に染めた雨雲から絶える事無く雨粒が降り注いでいる。
こんな日の街角は人影もまばらで、どことなく寂しい。
この雨のお陰で部活は休みになったけど、最後の授業だった体育でかいた汗と梅雨独特のうっとおしい湿気のせいで、結局体は汗ばんで嫌な感じになっている。
私は早く家のシャワーを浴びたくて、早足で歩き出した。
――今日は9時からのドラマ見なくちゃ……、でも明日の英語、私当たるのよね。予習、面倒くさいなぁ。美佐のノート写させてもらおうかなぁ……。
そんな風に取り留めの無い事を考えながら歩いていた私が家の近くの十字路を目前にした時、小さな黒い影が目の前を横切った。
――?
その姿に見覚えのある私は、急いで後を追いかけ、声をかける。
「ちょっと、待ちなさい!!」
パシャパシャと小さな音を立てて走っていた影は立ち止まり、こちらを振り向いた。
やっぱり……。
妹の智子だった。
雨の中、傘も差していない。
おかげで全身がずぶ濡れ。
服はビショビショ。前髪はペタッと額に張りついて、長い髪を一つにまとめたお下げからは、雨水が滴っている。
妹に駆け寄った私は、これ以上妹が濡れないようにすぐ側のコンビニの軒下に連れて行き、カバンに入れていた部活用のタオルで髪や顔を急いで拭った。
「どうしたの、こんなに濡れちゃって?カサは?」
妹は答えない。
半分泣きそうな顔でうつむきながら、ただ黙って立ち尽くしている。
その顔を見た私は、ピンッと閃くものがあった。
「判った。また、たけしって子にいじめられたんでしょう?」
おとなしい妹が、クラスの悪ガキにイタズラされ、泣かされているのは私も知っていた。
去年までは私も一緒の小学校に通っていたから、かばってあげる事もできたけど……。
「よし、お姉ちゃんが取り返してあげる!!」
狭い町内だから、悪ガキの家なんて判っている。
一瞬私の頭の中に、子供の喧嘩に親が出るなと言う言葉が浮かんで、それと同じ事かもとも思ったけれど、それでも私は顔を突っ込まずに入られなかった。
こんな雨の日にカサを取り上げるなんて、風邪か、下手すれば肺炎にでもなったら一体?
いくら子供のやる事でも、限度がある!
頭に血が上った私は、妹にお金を渡し、傘を買って先に帰るように言うと、自分は悪ガキの家に向かって歩き出した。
それを見た妹は、
「あっ、あっ」
と、困ったようなか細い声で止めようとする。
そんな妹が可哀相で、私はますます入れ込んでしまう。
だけど、その足は少しも行かない内に止まってしまった。
妹が駆けて来た方、10メートルも戻った電柱の根元にあるもの。
あれは多分……。
私は近づいて確かめる。
――やっぱり。
灰色掛った景色の中で目を引く赤いそれは、開いたままの妹のカサだった。
妹お気に入りの猫のマスコットが柄の部分についているから、間違いない。
私はカサを手に取り調べてみる。
……どこかが壊れている訳でもない。
頭の中で、言葉にもなれない疑問がグルグルと渦を巻いていた私は、何気なく自分の足元に視線を落した……。

雨粒が地面を叩く音に混じって聞こえる足音。
見ないでも判っている。
最初走っていたそれは、近づくにつれてペースを落し、やがて……。
妹が、私の側に立っていた。
急いで追いかけて来たのだろう、カサは持っていない。
……またびしょ濡れだ。
顔も半ベソ……。
少しの間私の顔を見上げていた妹は、やがて地面にしゃがみこむと、私が見つめる、さっきまでカサが置いてあった場所へ両手を差し伸べた。
そこに置いてある、小さな箱の中へ……。
……中から出て来たのは、一匹の小犬。
白毛のその子は、やっぱり体が濡れていて、
妹の手の中で、その小さな体を小刻みに震わせていて、
妹が抱きしめながら頬を摺り寄せると、小さな声で一度鳴いた。

……しばらくして妹は、ポツリ、ポツリと事のあらましを話し始めた。
帰る途中で、この子が入った箱を見つけた事。
可哀相で堪らずに持って来たは良いが、動物嫌いの母に怒られると思い、逡巡の果てにどうしようもなく、この場に置いていく事にした事。
せめてこの子が濡れないように、自分のカサを箱に被せた事……。
「…………この子……濡れ…………かわいそ……けど……マ……ぬ…………嫌……だし…………」
最後の方は、鳴咽に埋もれて言葉にならない。
箱の中に目をやれば、一枚のノートの切れ端に妹の字で、
『だれか このこをひろってください』
……。
――しょうがない。
私は空を見上げて溜息をつくと、妹の背中を2,3回、軽く叩いて
「智子、帰ろう。そんなんじゃ、智子もこの子も風邪ひいちゃうよ」
「……でも」
「大丈夫、お姉ちゃんが母さんに言ってあげるから」
その言葉を聞いて、初めて妹の顔が少しだけ明るくなった。

家へと向かうほんの少しの時間の中で、妹は小犬とじゃれあいながらどんどん元気になって行く。
それと反対なのは、私の気持ち。
家に帰ったら、母にどれだけ説教されるんだろう……。
それを考えると憂鬱になる。
……でも、しょうがないよね。
可愛い妹のためだからさ。


Fin


1999.11. 4
Written By T−2000




後書き


常連の皆さんも、初めての方も、ども、T−2000です。
これが人生2作目のショートショート、
そして、このサイトほぼ一年ぶりの小説の公開となります。
一体何をしていたのでしょう、僕は……。
その間、新規のリンクだの、人様から頂いたイラストだのでチョボチョボとお茶を濁していたにも係らず、
こちらに出入りしてくれていた皆様には、尽きる事の無い感謝の言葉で一杯です。

今回のネタは、前回同様ひょんな事から思い付きました。
それは10月の終り頃、当時取り掛かっていた小説に煮詰まりを感じていた自分が
気分転換にテレビを点けた所から始まります。

――なんか、面白いものやってないかなぁ
とチャンネルを刹那的に替えていた自分でしたが、時間が折り悪く、
本編だけでなく、次回予告までも終わったばかり。
諦めムードが漂う中、それでも惰性でチャンネルを切り替えていると、いきなりドラマの一場面が……。
それは雨の中、一人の男性が傘も差さずに街中をさまよう様子をほんの一瞬、
俯瞰で映していました。
そして次に、やはり雨の中でたたずむ女性の笑顔。
僕にはそのシーンが、男の足元にカサが置いてあり、男はそれを置いたまま立ち去る
という風景に見えました。
そして頭に浮かんだのは、
――なんでわざわざそんな事を?
でした。
見たのはほんの一瞬でしたから、自分の解釈自体が正しいとは限らないのですが、
もしそうだとしたら、それには何らかの訳がある筈だろうと思った訳です。
後は直感によるひらめきです。理由はいりません。
そして思い付いたのが、今回の話のプロトタイプでした。

こうして話を一つ練り上げ、すぐにでも発表したかった自分でしたが、一つ問題がありました。
言うまでもなく、これがそのまま同じ、もしくは似通った話だったとしたら、当然それは

盗作

になってしまうと言う事です。
さすがに、

無知蒙昧
厚顔無恥
鉄面皮
心臓に鉄条網のような毛がたわし状に生えている

と友人、知人から評されるような自分でも、創作活動(らしきもの)を行っている者の端くれとして、
一寸の虫にある五分の魂よりもほんの少しだけ少ないくらいの良心と言うものはあります。
となれば、どうにかして確認を行わなくては行けません。
自分が見たそのシーンは、番組の最後にあるスポンサー紹介に重なって流れていました。
最近、このような形式で放送される場合は、次週放送分のハイライトを映す事が多い筈。
そうヤマを踏んだ自分は、胸の中に不安を抱えたまま、ただひたすら堪え忍び……。
そして168時間後、自分の指はパソコンのキーボードを叩き壊すような勢いでタイピングしていたのでした。

ちなみに、自分が見たそのドラマと言うのは、

「美しい人」
出演
田村正和
常磐貴子

関東では、金曜日の22時からTBSで放映中です。

しかし、このぶんでは、次の小説による更新と言うのはいつになる事やら……。

1999.11.10
Written by T−2000



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